2024年10月31日中国新聞の記事「知的障害と犯罪 取り調べ時から福祉の支援を」をご紹介します。
同紙のデジタル版については、<2024年10月31日中国新聞「知的障害と犯罪 >をご覧下さい。
ご覧になれない方は、個人的な利用の範囲で<記事のPDF>を参照下さい。
これは、山口県周防大島町で起きた、重い知的障害の50歳と45歳の兄弟が、その母親の死後も死亡の事実を隠して年金を詐取したとして、死体遺棄罪と詐欺罪に問われた事件に関する記事です。同紙の吉村時彦・論説委員が執筆されました。私は、事実関係を丁寧に調査、取材され、問題の所在を明らかにして、この兄弟の刑事訴追に当たり、福祉的支援が関わらずに公判が進んだことに対して問題提起されたことを高く評価します。記事の中で触れられている「入口支援」に関連する、福祉的支援と刑事司法との関わりなど、近年の福祉と法律(民事・刑事)との関わりの歴史とその重要性について、私自身も山口に戻ってから継続して山口県社会福祉協議会の活動に関わってきましたので、少し長いですが、簡単に(?笑)ご説明します。
1.福祉と民事法との関わりとアドボケイト(権利擁護)について
(1)戦後長い間、日本の社会福祉サービスの利用は「措置制度」と呼ばれる、行政と要援護者との間の法律関係で規律されてきました。そこでは、行政(市町村や都道府県)が家族など他に支援が期待できない要援護者について、行政の責任において、その方の世話を施設にお願いする(措置する)。そしてその費用を施設に対して「措置費」として支弁する、という仕組みでした。そこでは、サービス利用者の選択や利用契約はなく、したがって、通常のサービス利用のような契約の仕組みや民法の規定は関係なく、あくまでも行政と国民との間の関係でした。
(2)この構造を180度転換したのが1997年に成立した介護保険法です。そこでは「措置から契約へ」といわれるように、福祉サービスの利用を利用者の選択に基づき、利用者とサービス提供者との間の対等な契約によって規律することになりました。
(3)これは画期的な転換で、広く歓迎され受け入れられましたが、そこで大きく問題になったのが、認知症の高齢者など、判断能力がない、あるいは不十分なために、有効な契約を締結できない多くの人たちが福祉サービスを利用できなくなる、という問題でした。
(4)こうした判断能力が十分でない人の判断を補完したり代理する制度として、民法は明治時代の創設以来、「行為能力制度(禁治産、準禁治産)」という制度を用意していましたが、さまざまな理由により、殆ど使われてきませんでした。
(5)そこで、この民法の根幹に関わる制度の見直しが不可欠であるということが広く認識され、法務省で急きょ検討が進められ、1999年に新しい成年後見制度が制定され、介護保険法の施行に合わせて2000年4月から実施されました。
(6)この新たな成年後見制度は画期的でしたが、とはいえ、利用のためには家庭裁判所の門をくぐる必要があり、一般の人には結構ハードルが高い恐れがありました。そこで、厚生省では、施行に半年ほど先立つ1999年10月から、各都道府県の社会福祉協議会が主体となり、判断能力が不十分な利用者の方と契約をし、その法的権限を根拠に、利用者の方の福祉サービスの利用援助や日常的金銭管理を支援する「地域福祉権利擁護事業」をスタートさせました。私も山口県でこの事業の立ち上げから10年以上にわたって、その中核の「契約締結審査会」ですべての契約案件について審査に携わり、多くの知見を頂いてきました。それらを取りまとめて、
<山口における地域生活自立支援、権利擁護の実践>
として2007年に老年精神医学雑誌に掲載しましたので、関心のある方はご覧になってみて下さい。
(7)これが社会福祉と法律の世界との直接的な関わりが始まった近年の最初のステージです。権利擁護事業(現在は日常生活自立支援事業と呼んでいます)は、2022年度で利用者は全国で10,866人、成年後見制度の利用者は、2023年末現在で 249,484人となっています。ただ、日本の成年後見制度に相当するドイツの新しい世話法(Betreuungsgesetz)(1990年に制定、92年1月から施行)の利用者は約130万人ですので、人口が1.5倍の日本での潜在的ニーズは現在の利用者数よりもはるかに大きいと考えられます。後見人の養成や後見申立費用・後見報酬への助成の大幅な拡充など、制度の普及拡大のためにはまだまだ大きな課題が残っています。
2.福祉と刑事司法との関わり
(1)矯正施設からの出所者への福祉的支援(「出口支援」)
1) こうした介護保険法の施行を契機とした社会福祉サービスの利用と民法の結びつきに続いて、さらに2000年代後半からは、これも明治以来、役所でいえば厚生省と法務省、分野でいえば社会福祉と刑事司法として、縦割りで殆ど関わりのなかった世界に、新たな深い連携が求められることになりました。
2)きっかけは、民主党の国会議員時代に秘書給与詐取という罪で服役した山本譲司氏が獄中での経験をまとめて2003年に出版した『獄窓記』でした。服役して彼が獄中で見たのは、多くの知的障害者、精神障害者、認知症高齢者などでした。こうしたさまざまな障害を有する人たちが、罪を犯し、出所後も地域の福祉的支援を受けられず、生活苦から万引きなどの罪を重ねて再び矯正施設(刑務所、少年院のこと)に舞い戻る。その結果、本来は罪を償わせ立ち直りのための矯正施設が、じつは多くの身寄りのない高齢者や障害を持つ人たちの究極の福祉施設化しているという現実が明らかになり、大きな社会的反響を呼びました。
3)そこで、こうした人たちを出所(満期出所、仮出所)後に地域社会で直ちに支援を開始し、再び罪を犯さないですむように、福祉と刑事司法が連携して支援する取組みが国の事業として始まりました。これが2009年に厚生労働省が創設した「地域生活定着支援事業」です。この事業では、各都道府県に設置される<地域定着支援センター>が法務省の保護観察所と協働して、退所後の福祉的支援(住居の確保、療育手帳など各種の手帳の事前取得、福祉施設や精神科病院の利用手続き、生活保護の申請など)を矯正施設入所中から特別調整として支援します。センターの受託先は都道府県によって異なりますが、山口県を含め多くの自治体では社会福祉協議会を含む社会福祉法人が受託しています。
4)障害や孤立などの問題に加えて罪を犯したというダブルのハンディを抱える人を支援するこの事業は、センターで担当するソーシャル・ワーカーたちにとっても大変な仕事です。しかし2011年には全国の都道府県にこのセンターが開設され、全国的な司法と福祉のネットワークも形成されて、矯正施設退所者の人たちが抱える”生きづらさ”や”困窮”を地域社会でしっかりと受け止め支援する広がりが着実に広がりと厚みを増してきています。
(2)「出口支援」からさらに刑事訴追段階の「入口支援」に
1)こうして「出口支援」もすでに16年目に入り、事業として定着してきましたが、さらに進んで、できるならば有罪判決を受けて矯正施設に収容される前の段階から福祉的支援を行い、犯罪者として矯正施設に収容されることを防ぎたい。こうして、被疑者として警察から検察庁に送致された早期の段階で、福祉的支援に結びつける取組みが始まりました。これが「入口支援」と呼ばれるもので、2018年から20年までの法務省の再犯防止推進モデル事業の実績を踏まえ、2021年から「被疑者等支援業務」として厚生労働省の補助事業が開始されました。
2)この業務は、①起訴を猶予された人、②罰金・科料となった人、③全部執行猶予判決を受けた人、つまり、刑事司法手続きの入口段階にある被疑者・被告人等で、高齢または障害により自立した生活を営むことが困難な人に対して、釈放後直ちに福祉サービス等を利用できるように、定着センターが支援を行うものです。
3)出口支援が矯正施設、保護観察所と地域定着支援センターとの協力だったのに対して、今度は検察庁と保護観察所、定着支援センターとの新たな協力体制であること、導入されてまだ日が浅いこと、さらに検察庁は事案が送致されてから拘留が認められるのは最長で20日と、時間的にとても限られた中での調整になることなどから、今回の事案のように、まだまだ十分に現場に浸透しているとは言い難いと言わざるを得ません。
4)しかし、地域で福祉的支援が得られずにやむを得ず犯罪に至った人に対して、できるだけ早期の段階から福祉的支援に結びつけ、罪に問われたり、再び犯罪に至ったりすることを防ぐことが重要であることは、言を俟ちません。この制度が検察はもとより、弁護士、保護観察所、警察など刑事司法関係者と福祉や医療の関係者の間で広く共有され、活用されていくことを願ってやみません。
5)今回の事案では、そもそも事件化する前に、もっともっと早い段階から、町行政や民生委員、生活保護や生活困窮者自立支援事業、町社会福祉協議会など、地域の福祉のネットワークで支援に入ることができなかったのか、との思いを強くします。こうした事例が私たちの足下でも決して希な事例ではないことを改めて深く考えさせられました。